応神天皇 陵・霊廟

 

(みささぎ)は、大阪府羽曳野市 誉田(こんだ)6丁目にある惠我藻伏崗陵(恵我藻伏岡陵、えがのもふしのおかのみささぎ)に治定されている。公式形式は前方後円。考古学名は誉田御廟山古墳こんだごびょうやまこふん。前方後円墳、全長約420m)。



『古事記』には「御陵は川内(かわち)の恵賀(えが)の裳伏(もふし)岡にあり」、『日本書紀』には陵名の記載はないが、雄略紀に「蓬蔂丘(いちびこのおか)の誉田陵」とある。誉田御廟山古墳は仙陵古墳(仁徳天皇陵)に次ぐ(第2位の規模)5世紀初ともいわれる大前方後円墳である。ただし考古学の絶対年代はよほど強力な史料などが出ない限り、常に浮動的であることに注意する必要がある。2011年宮内庁により考古学者らの立ち入り調査が認められた。



上記とは別に、大阪府堺市北区 百舌鳥本町(もずほんまち)にある宮内庁の百舌鳥陵墓参考地(もずりょうぼさんこうち)では、応神天皇が被葬候補者に想定されている。考古学名は御廟山古墳(ごびょうやまこふん)



また皇居では、皇霊殿こうれいでん。宮中三殿の1つ)において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。