海神社(西ノ島町) 由緒

 


本殿の背後に古墳があり、境内隣接地からは黒曜石製石鏃(せきぞく)等が出土していることから、古くからの社地であったらしく、事実式内社であるとすれば先住の海人(あま)が祀ったものとも思われ、また、国内神名帳である『隠州神名帳』に「従三位上 海原明神」と「従四位上 云海彦明神」が見えるので、このいずれかである可能性もあるが、近世以前の由緒、沿革は不詳とするほかなく、式内社の比定にも異説がある(後述)。



近世になって六社大明神と称されたことが確認でき、上述『島前村々神名記』以降式内社に比定された。明治5年10月に社名を「海神社」に改めて村社に列し、以後鎮座地別府の氏神として崇められている。