国衙 遺跡 近江国庁跡

 


おうみこくちょうあと。大津市大江三丁目・大江六丁目・三大寺(さんだいじ)に所在する。別称を三大寺遺跡という。『和名抄』や『拾芥抄』(しゅうがいしょう)に栗(くりもとぐん。栗太郡(くりたぐん))内にあったことが知られる。ところが、1935年(昭和10年)歴史地理学者によって大津市瀬田(旧栗太郡)の三丁目付近に国府を想定する発表があり、その後の1963年(昭和38年)・1965年(昭和40年)の発掘調査によって国庁の中心部が確認され、発表を裏付けた。国庁は方八町ないし九町の国府域の南端中央部に東西二町、南北三町の規模で存在。東西三間・南北二間の南門。四方を築地塀で囲まれた内郭があり、その中心の建物郡が政庁である。その規模は、東西72.8メートル、南北109メートルと推定されている。