郡衙 各地の郡衙 ③

 


京都府城陽市正道官衙遺跡(しょうどうかんがいせき)は、山背(山城)国 久世郡(くせぐん)の郡衙と推定されている。大規模な正殿が広場に面して建ち、何棟かの建物が建ち並び、築地塀で囲まれている。8世紀の造営で、9世紀前半まで存続した。



広島県の郡家遺跡として唯一発掘調査で確認されたのが三次市にある下本谷遺跡(しもほんだにいせき)である。東西54メートル、南北114メートルの区画内に庁屋(ちょうのや)・副屋(そうのや)・向屋(むかいや)があり、倉庫群跡も確認された。奈良時代後半から平安初期までに4回の変遷があった。遺跡は大部分破壊されてしまっている。



東山道・東海道の結節点に位置する甲斐国では4郡の郡衙がおむね比定されており、東海道から甲斐国府を結ぶ官道である甲斐路(かいじ)、甲斐国府から巨摩郡衙(こまぐんが)を経て東山道を結ぶ伝路を中心に各郡と信濃・駿河・武蔵の郡衙を結ぶ交通体系が存在していたと考えられている。