金毘羅権現 天狗信仰
修験道が盛んになると金毘羅権現の眷属は天狗とされた。『和漢三才図会』には「当山ノ天狗ヲ金比羅坊ト名ヅク」と記された。また、戦国時代末に金毘羅信仰を中興した象頭山松尾寺金光院第4代別当で修験者でもあった金剛坊宥盛(こんごうぼう ゆうせい)は、死の直前に神体を守り抜くと誓って天狗になったとの伝説も生まれた。
江戸時代になると、天狗の面を背負った白装束の金毘羅道者(行人)が全国を巡って金毘羅信仰を普及した。また、全国各地から讃岐国象頭山松尾寺を詣でる金毘羅参りの際には、天狗の面を背負う習俗も生まれた。