姉倉比売神社 祭神

 


祭神は姉倉比売神(あねくらひめのかみ)である。両社の社伝を総合すると、姉倉比売神は一帯の賊を征伐して、船倉山に居を構えて統治し、地元民に農耕、養蚕、機織などを広めた。姉倉比売神は能登の伊須流伎比古神(伊須流岐比古神社(いするぎひこじんじゃ)の祭神)と夫婦であったが、伊須流伎比古は仙木山の能登比売(能登比売神社(のとひめじんじゃ)の祭神)と契りを交わしてしまった。怒った姉倉比売は船倉山の石を投げつくして能登比売を攻撃し、姉倉比売の妹の布倉比売もそれに加勢し、越国は大乱となった。出雲の大己貴命(おおなむちのみこと)が越国に赴き、その調停により乱は鎮圧された。姉倉比売は混乱を引き起こした罰として、領地を没収されて呉羽小竹に流され、土地の女性たちに機織を教えるよう命じられたという。



「婦負郡」という地名は姉倉比売神にちなむものであり、「呉羽」の地名も機織に関係のあるものである。



呉羽の姉倉比売神社は他に天照皇大神・大己貴命・建御名方神(たけみなかたのかみ)を主祭神とする。