高田神社(飛騨市) 沿革
創建時期は不明。一説では敏達天皇6年(577年)、飛騨国に「日奉部」(ひまつりべ)が置かれさい、その伴造(とものみやつこ)が高魂命(たかみむすびのみこと)を祀ったのが最初という。
建武の新政に功績のあった姉小路家綱(あねがこうじ いえつな)は、建武元年(1334年)に飛騨国司に任命される。家綱はこの高田神社を崇敬し、隣接して館を設け飛騨の政治の中枢となる。しかし、姉小路氏が金森長近(かなもり ながちか)により滅亡すると衰退する。
江戸時代は「白山社」「白山権現宮」に改称される。文化年間に吉田家により白山社が式内社高田神社であることが確認され、高田神社に改称する。しかし、正式に式内社高田神社と称することが認められたのは明治3年(1870年)のことである。
明治40年(1907年)、諏訪神社、多度神社、加茂神社を合祀する。