荏名神社 歴史

 


創建の由諸は不詳である。延喜式神名帳に「飛騨国大野郡 荏名神社」と記され、小社に列しているが、後に衰廃し、所在は不明となっていた。



文化12年(1815年)、高山の国学者 田中大秀(たなか おおひで)が、江名子町の稲置(いなき)の森にあった子安大明神を、「荏名」が「胞衣」(えな。胎盤)と解されたためだとして式内・荏名神社に比定し、荏名神社に改称して再興した。明治4年9月に郷社に列格した。



なお、式内・荏名神社は江名子町4946の荒神社(こうじんじゃ)に比定する説もある。