建比良鳥命(たけひらとりのみこと) ①

 

 

建比良鳥命(たけひらとりのみこと)は、日本神話に登場するである。『古事記』では建比良鳥命、『日本書紀』では武日照命(たけひなてるのみこと)・武夷鳥命 ・天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)と記され、天日照命(あめのひなでりのみこと)とも称される。これらの異名・異称の同定は出雲国造家として出雲神社(いずもじんじゃ。現 出雲大神宮)の祭祀を受け継いだ千家(せんげ)家が伝える系譜書『出雲国造伝統略』に拠っている。



『古事記』ではアマテラスとスサノオの誓約(うけい)の段で、天之菩卑能命(あめのほひのみこと。天穂日命)の子が建比良鳥命であり、出雲国造・无邪志(むさし)国造上菟上(かみつうなかみ)国造下菟上(しもつうなかみ)国造伊自牟(いじむ)国造・津島県直(つしまのあがたのあたい)遠淡海(とおつおうみ)国造等の祖神であると記されている。

 



天菩比命之子、建比良鳥命 【此出雲國造无耶志國造上菟上國造下菟上國造伊自牟國造津嶋縣直遠江國造等之祖也】

 



『日本書紀』では、崇神天皇60年7月、天皇が「武日照命(武夷鳥命とも天夷鳥命ともいう)が天から持って来た神宝(じんぽう)出雲大社に納められているから、それを見たい」と言って献上させ、その結果出雲氏に内紛が起き、当時の当主の出雲振根(いずも  ふるね)が誅殺されたと記されている。