阿遅速雄神社 歴史
社伝によれば、祭神の阿遅鉏高日子根神は摂津国に降臨し土地を拓き、民に農耕の業を授けたと伝わる。この地の守護神として祀られたという。
起源は、668年(天智天皇7年)に発生した草薙剣(くさなぎのつるぎ)盗難事件の際、新羅の僧・道行(どうぎょう)が草薙剣を持って船で新羅に逃げ帰る時、突然の嵐に巻き込まれ、これを神罰と恐れをなして、途中の河口に放り投げられ、その後、草薙剣は里人により拾われ、この神社に一時納められたのが創始と伝わる。そして、草薙剣は無事に熱田神宮に返還されたと伝わる。
明治時代に浪速鉄道(現:片町線)建設の折に現在地に遷座した。
昭和34年(1968年)、氏子総代の発案により、護国社を建てる。併せて境内の大整備を行い、本殿の修復、神域の拡張、相殿社など末社の建立などを行った。境内には大阪府知事 左藤義詮(さとう ぎせん)揮毫による「紀功碑」が残る。
現在も例祭日には熱田神宮より宮司か神職が参拝、熱田神宮の例祭日には、当社の宮司などが参列する慣習が続いている。