矢代寸神社 歴史

 

 

· 503年(継体天皇元年


鎮座する。




· 1090年(寛治4年


正月に白河上皇熊野御幸の折参拝される。




· 1640年(寛永17年


岡部宣勝(おかべ のぶかつ)摂津国 高槻藩(たかつきはん)より入封し、当社を和泉国岸和田藩の一ノ宮とした。 




· 1737年(元文2年)


京都吉田家に願い出により「一宮牛頭天王(いちのみやごずてんのう」を称される。




· 1873年(明治6年


郷社に指定される。




· 1907年(明治40年


泉南郡 有真香村(あまかむら)神須屋(こうずや)の諏訪神社を合祀する。内務省神社宗教両局長依命通牒によるいわゆる「神社合祀」で泉南郡有真香村の神須屋・真上、同郡 土生郷村(はぶごうむら)極楽寺・流木・畑の神を合祀した。土生郷村土生にある土生神社(はぶじんじゃ)にも合祀せよとの方針が示されたが、山原作太郎氏の反対運動によってこの合祀方針を断念させた。また畑の波多神社(はたじんじゃ)も合祀されるものの、後に復社される。




· 1908年(明治41年


神饌幣帛料供進社に指定される。