地車 歴史 ①

 


各地車囃子のホームページ等には、豊臣秀吉による大坂城築城の際、地車囃子を奉納したという記事が頻繁に見うけられる。築城は古墳造営と同じく大規模な土木工事であるが、そこで巨岩などを運搬する際の掛け声等が、地車[地車囃子]のリズムを形成していたという。各地車囃子の保存会、講・連の中には、この説を支持している古老が少なくない。大坂築城のころには地車、および囃子が摂津国、すでにその周辺地域に定着していたとしてもよかろう(築城は畿内以外でもなされているので、この考えに矛盾点もある)。朝日放送のテレビ番組である『歴史街道』においては、「豊臣秀吉が摂州だんじり囃子を気に入った」と放送されている。さらにのち、3代将軍徳川家光時代の寛永年間に地車の宮入が大阪天満宮で始まったという記録があり、安土桃山時代の囃子が継承されていたと考えられる。



このような説に従えば、ヨーロッパのクラシック音楽(バロック音楽)と呼ばれているものよりも、僅差ではあるが古いということになる。もっとも、ヨーロッパの場合、楽譜というものが存在したが、日本の前近代の音楽には、楽譜が存在しない。いずれにせよ、地車、および囃子は、織豊政権時代に完成していたといえる。