ヤマトタケル 考証 ヤマトタケル説話の構成 ②

 

 

夜受媛(みやずひめ)・草薙剣の物語

(熱田神宮を巡る伝説)

 

吉井巌は、皇位の象徴である「三種の神器」のひとつである草薙剣が、なぜ尾張の熱田神宮にあるか説明する物語とする。

 

 

 

斎王倭姫(さいおうやまとひめ)の物語

(伊勢神宮を巡る伝説)

 

死に際の彷徨の物語が、伊勢神宮の神戸の見られる地域で語られ、かつ伊勢斎宮の制度を確立した天武天皇の壬申の乱の際の進軍ルートに重なるため、伊勢との関連が考えられるが、横田健一(よこた けんいち)は『皇太神宮儀式帳』や『倭姫命世記』にヤマトタケルの物語がないことを指摘する。草薙剣に関しヤマトヲグナ説話の登場人物のヤマトヒメと斎王倭姫命を結びつけたため、伊勢地方の説話がヤマトタケルに仮託された可能性も考えられる。

 

 

 

大御葬の物語

(葬礼を司った土師氏の伝承)

 

吉井巌は、聖徳太子の弟で、実在する初の皇族将軍である来目皇子(くめのみこ)が出征先の九州で病死したことがモデルになったとし、この葬儀を主導した土師(はじ)氏の葬送儀礼が物語に取り入れられたとする。