艦内神社 勧請する神社 ②
軽巡洋艦(けいじゅんようかん)などは、艦名と由来のある神社から奉斎している。長良型軽巡洋艦4番艦「由良」(ゆら)の艦内神社は由良川河口の由良神社(ゆらじんじゃ)。同型6番艦「阿武隈」の艦内神社は白河市の白河鹿島神社(しらかわかしまじんじゃ)で、同社は阿武隈川の流域に位置する。
三菱重工業横浜船渠(よこはませんきょ)が建造した香取型練習巡洋艦4隻(香取、鹿島、香椎、橿原《建造中止》)の場合、艦名頭文字を『K』で統一した結果、それぞれ頭文字『K』の神宮(香取神宮、鹿島神宮、香椎宮(かしいぐう)、橿原神宮)から分祀した。
駆逐艦の場合、艦名と祭神は基本的に一致しない。駆逐艦や潜水艦などの小型艦艇の場合、植民地神社に祀られる神宮大麻は大きいため搭載できず、1932年(昭和7年)を機会に伊勢神宮は特別の小型大麻を用意することになった。吹雪型駆逐艦「電」(いなづま)のように「電神社」が存在した事は記録に残るが、勧請先については不明である。秋月型駆逐艦「涼月」(すずつき)の事例では、坊ノ岬沖海戦で大破した際に艦内神社(涼月神社。すずつきじんじゃ)を炎上喪失、内地帰投後に改めて伊勢神宮で御神体を拝領したという。
浅間丸型貨客船「秩父丸」(ちちぶまる)は、当初船名に由来する秩父神社(ちちぶじんじゃ)の神霊を船橋内に奉安した。後日「鎌倉丸」(かまくらまる)に改名した際、あらためて鎌倉宮(かまくらぐう)から勧請している。 氷川丸級貨客船3隻(氷川丸(ひかわまる)、日枝丸(ひえまる)、平安丸(へいあんまる))の場合、船名前頭文字を『H』で統一した結果、それぞれ頭文字『H』の神社(氷川神社(ひかわじんじゃ。さいたま市大宮区)、日枝神社(ひえじんじゃ。東京都千代田区)、平安神宮を勧請した。
艦内神社の神鏡は、起工時の鋼板の一部を磨いて製造するのが慣例であったという。 また神社から社殿の模型が寄贈されることもあった。 河内型戦艦2番艦「摂津」(せっつ。攝津)は、大阪市長(当時)植村俊平(うえむら しゅんぺい)を通じて住吉大社(摂津国一宮)の縮小模型が寄贈された。 空母「加賀」(かが。加賀型戦艦1番艦)は、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ。加賀国一宮)より社殿を寄贈された。 高雄型重巡洋艦3番艦「鳥海」(ちょうかい/てうかい)は、鳥海山大物忌神社(ちょうかいさんおおものいみじんじゃ)より宮殿を寄贈された。 最上型(もがみがた)重巡洋艦4番艦「熊野」(くまの)には、和歌山県知事を通じて熊野本宮大社縮小神殿寄贈の申し入れがあった。 球磨型軽巡洋艦2番艦「多摩」(たま)は大國魂神社(おおくにたまじんじゃ。武蔵国総社)より金属製社殿の寄贈を受けた。