国之常立神 新宗教と国之常立神
国之常立神を重要視し、日本の歴史に大きな影響を与えたのが新宗教 大本(おおもと)である。
1892年(明治25年)2月3日、京都府綾部在住の無名の老婆 出口なおは「艮の金神」(うしとらのこんじん)と恐れられる祟り神の神懸かり現象を起こした。古神道や伯家(はっけ)神道の知識を持つ出口王仁三郎(でぐち おにさぶろう)は直に懸かった神を「国之常立神(国常立尊)」と判断。国祖である国常立尊はその統治に不満を持った神々により鬼門の方角に封印されたが、現在になり復活の時が近づいているという終末論を主張した。直と王仁三郎の教団大本は大正~昭和初期にかけ発展を遂げ、宮中関係者や陸海軍将校が多数参加する一大宗教勢力となった。
大日本帝国は現人神(あらひとがみ)たる天皇(天照大神)の権威を覆しかねない大本に警戒感を強め、1921年(大正10年)1月10日と1935年(昭和10年)12月8日に宗教弾圧を行った(大本事件)。特に二度目の第二次大本事件では治安維持法違反と不敬罪により徹底的な弾圧を加え、大本は壊滅した。
大本事件の背景には、出口王仁三郎と大本が持つ政治的影響力に政府が警戒感・恐怖感を抱いたことに加え、国家神道と新宗教の間に宗教観・神話体系の相違があったことが指摘される。