鏡作坐天照御魂神社 歴史 概史

 

記紀によると、崇神天皇6年、皇居内の天照大御神(あまてらすおおみかみ)を畏れ多いとして笠縫(かさぬい)の地に遷座せしめたとある。社伝によると、「崇神天皇6年9月3日、この地において日御像の鏡を鋳造し、天照大神の御魂となす。今の内侍所の神鏡是なり。」とあり、この際に作られた神鏡を御神体として祭祀したのが当社の起源とされる。


延喜式神名帳では大社に列しており、月次・新嘗の奉幣に預ると記されている。


中世以降は鏡作三所大明神と呼ばれていたが、江戸時代田原本藩(当時は交代寄合平野(ひらの)家知行地)が設置されるまでは荒廃していたという。明治6年(1873年)4月に郷社に列し、昭和11年(1936年)には県社に列した。