葛木二上神社 歴史
創建の年代等は不詳である。二上山には石器の素材となる讃岐岩(さぬきがん。サヌカイト)の層があり、古くから周辺に人が住んでいたものとみられる。文献の初出は、『日本三代実録』の貞観元年(859年)正月27日条、当社に従五位上の神階を授けるという記述である。延喜式神名帳では「大和国葛下郡(かつげぐん) 葛木二上神社二座」と記載され、大社に列している。
当麻寺(たいまでら。當麻寺)中之坊所蔵の「当麻寺付近絵図」には二上山の雌岳に神蛇大王(竜王)を祭る社もあったことが記されており、現在は中之坊鎮守として遷座され、境内稲荷神社(いなりじんじゃ)末社に竜王社の小祠となったとの伝承がある。当社との関係は不明。
近世には当社は「岳の権現」と呼ばれ、二上山からの水流を利用する数十か村の岳郷の氏神であった。明治6年(1873年)4月に郷社に列格した。