氷室神社(奈良市) 神事 例祭

 


永久5年(1117年)9月1日、鳥羽天皇の時代に悪疫鎮止のため始められたという。源平の争乱の後一時絶えたが、建保5年(1217年)、順徳天皇によって南都楽所(なんとがくそ)氏神として仰ぎ再興され、日の使も参向したと伝わる。



江戸時代の終わりまでは、氷室の舞楽祭等と称され、1日夜18時〜20時までと翌2日の後宴祭は別願の舞楽と呼ばれ、38曲もの曲が演じられ終日舞楽が奉献されていたとの記録が残っている。



明治までの渡御お旅所は、旧一乗院宮廷の玄関に鳳輦ほうれん。神輿)が安置され、興福寺の別当一乗院宮が参列し御旅所祭を執行した。神社との往復途上、道楽と称し奏楽しつつ練り歩いたと伝わる。明治以降は興福寺南大門跡が御旅所となった。渡御は氏子の要望により、その後氏子区域32ヶ町を近年まで巡幸していたが、交通事情煩雑の為現在は中止されている。

 

 



現在の例祭

現在は毎年3〜4ヶ町ずつ当番となり、9月30日の宵宮、10月1日の例祭が運営されている。


· 宵宮祭 - 9月30日 17時より


· 例祭朝座(ちょうざ) - 10月1日 11時より


· 例祭夕座(ゆうざ) - 10月1日 17時より

 



氷献灯

神社境内では 宵宮・例祭両日の18時頃、氏子各町内では宵宮の18時頃から、絵馬の上に蝋燭を灯し、穴の空いた氷塊を飾る氷献灯が多数飾られる。