磐鹿六鴈 記録 日本書紀
『日本書紀』景行天皇53年10月条によれば、景行天皇(第12代)が東国巡幸において上総国に至り海路から淡水門(あわのみなと:安房の水門)を渡る際、覚賀鳥(かくがのとり:ミサゴの古名)の声が聞こえたので、天皇がその姿を見ようと海の中に入ると、白蛤(うむぎ:ハマグリ)を得た。この時に磐鹿六鴈が、蒲(がま)を襷(たすき)としてその白蛤を膾(なます)にして献上した。その功で六鴈は膳大伴部(かしわでのおおともべ)を賜ったという。
磐鹿六鴈 記録 日本書紀
『日本書紀』景行天皇53年10月条によれば、景行天皇(第12代)が東国巡幸において上総国に至り海路から淡水門(あわのみなと:安房の水門)を渡る際、覚賀鳥(かくがのとり:ミサゴの古名)の声が聞こえたので、天皇がその姿を見ようと海の中に入ると、白蛤(うむぎ:ハマグリ)を得た。この時に磐鹿六鴈が、蒲(がま)を襷(たすき)としてその白蛤を膾(なます)にして献上した。その功で六鴈は膳大伴部(かしわでのおおともべ)を賜ったという。