率川神社 率川阿波神社(いさがわあわじんじゃ)

 


率川神社末社の住吉神社と春日神社の合間に鎮座する。

 


率川阿波神社由緒


宝亀2年(771年)、大納言是公(これきみ。藤原是公(ふじわらの これきみ)による建立と伝わり、仁寿2年(852年)、従五位下を授けられている。『延喜式神名帳』に「率川阿波神社」と記載される式内小社。祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)で、一般に恵比寿神(えびすのかみ)と言われ、6月17日の例祭とは別に1月5日に初戎が行われる。



天文元年(1532年)の土一揆や、松永久秀の兵火にかかって廃滅した。江戸時代中期の『奈良坊目拙解(なら ぼうもくせっかい)によると、旧跡は西城戸町南側、東方より2軒目の人家の裏にあり、松樹1株を神木とし祀っていたが甚だ廃れていたという。明治になってようやく小祠が祀られるようになり、1920年大正9年)に率川神社境内に社殿を遷すこととなった。



現在、社殿の前には、旧地から移した「享保3年(1803年)阿波社」と刻まれた四角形石灯籠が1基ある。