久我神社(京都市北区) 境内

 


貞享3年(1686年)の『雍州府志(ようしゅうふし)では境内は「大宮の森」と俗称されるが、敷地内には現在もその面影を伝えるケヤキの巨木を残している。由緒のうえでも賀茂氏の移住伝承を現在に伝えており、京都の歴史を明らかにする環境を良好に残しているとして、境内は京都市指定史跡に指定されている。



現在の本殿・拝殿は寛永5年(1628年)の造営。本殿は一間社流造の形式で、檜皮葺の屋根であり、上賀茂神社の他摂社と同じ造りになる。また拝殿は梁間一間・桁行二間の切妻造妻入で、屋根は同じく檜皮葺である。



なお、創建当時より久我神社は「大宮」と称されたとして、一帯の地域名が「大宮」(大宮郷)、門前の通り名は「大宮通」と定められたとする伝えがある。その通りとは大徳寺通(だいとくじどおり)で、地元では今日でも「旧大宮通」と称されている。