熊本県護国神社 歴史
明治2年(1869年)、熊本藩主 細川韶邦(ほそかわ よしくに)と細川護久(ほそかわ もりひさ)が、明治維新に殉じた藩士150柱を祀るために市内花岡山に招魂社を建立したのに始まる。明治7年に官祭の招魂社となり、昭和14年(1939年)、招魂社の制度改正により内務大臣指定の熊本県護国神社となった。
昭和19年、市内黒髪町の立田山(たつだやま、たつたやま)山麓に社地を得て、新しい社殿の造営を開始したが、終戦により中止された。昭和28年、現在地である、かつて招魂祭が行われていた藤崎台招魂場跡にて社殿の造営を再開し、同32年に竣工・遷座した。花岡山のかつての社地は飛地境内「花岡山招魂社」(はなおかやましょうこんしゃ)となった。
熊本県関係の公務殉職者(自衛官・警察官・消防士)の霊を昭和39年に、軍需工場で被爆した学徒戦没者の霊を翌40年に合祀した。昭和34年、神社本庁の別表神社に加列された。