沼名前神社 歴史 近世以降の両社

 


近世以降の両社の経緯は次の通り。



· 江戸時代、当地には鞆祇園宮が鎮座、その境内社に渡守神社。

 


· 明治元年(1868年)、鞆祇園宮は「素盞鳴神社」(すさのおじんじゃ)と改称。

 


· 明治4年(1871年)、この素盞鳴神社をもって式内社とし、「沼名前神社」と改称、近代社格制度において国幣小社に列格。

 


· 明治8年(1875年)5月、渡守神社をもって式内社とすると改める。

 


· 明治9年(1876年)7月、渡守神社の神霊を本殿に奉斎、祇園神は相殿に改める(主従逆転)。渡守社祭神の船玉命は、大綿津見命と改められた。