二見興玉神社 歴史
1910年(明治43年)、猿田彦大神を祀る興玉社(おきたましゃ)と宇迦御魂大神を祀る三宮神社(さんぐうじんじゃ)を合祀したもので、その際に現社名に改称した。
興玉社の歴史は、夫婦岩に注連縄を張り、興玉神石の遙拝所を設けたのに始まるという。天平年間(729年 - 748年)、僧・行基が興玉神の本地垂迹として江寺(えでら)を創建し、境内に興玉社を建てて鎮守社とした。後に現在の二見浦へと遷座した。
三宮神社は、元は現社境内の天岩屋(あまのいわや)の中に祀られていたが、文禄年間に岩屋の外に移された。1910年(明治43年)に興玉社本殿に合祀された。古い参詣記には三狐(さんぐ)神社などとも記される。
1945年(昭和20年)に栄野神社(えいのじんじゃ)を合祀した。