大井神社(島田市) 歴史 概史
創建は不詳。国史では、貞観7年(865年)に駿河国の「大井神」の神階が従五位下に昇叙された旨の記事がある。しかし『延喜式』神名帳には記載がないため、いわゆる国史見在社にあたる(神名帳では志太郡(しだぐん)条が欠落する)。また『駿河国内神名帳』では、志太郡に「大井天神」の神名で正五位下の神階を有する旨とともに記載されている。
大井神社では流着伝説が残されており、元は大井川上流の谷畠村(たにはたむら)の大沢(現・榛原郡(はいばらぐん)川根本町(かわねほんちょう))に祀られていたが、建治(けんじ)2年(1276年)の洪水で流されて島田に漂着し、以後は島田の下島(現在の御旅所の地)に祀られるようになったという。この元宮伝承地である大沢地区では、現在までに「大井神社旧社跡」碑が建てられている(ただし元宮伝承地は大沢地区の他にも数ヶ所ある)。大井川は農耕に欠かせない一方で洪水も繰り返したことから、流域では大井川に対する信仰が深く、「大井神社」が50社以上も分布することが知られる。当社はそれらの中で中心的な存在になる。
江戸時代、慶長9年(1604年)には大井川の堤防決壊により野田村の御手水ヶ谷に一時遷座したが、元和元年(1615年)に下島に戻った。さらに元禄2年(1689年)には、島田宿(しまだしゅく/しまだじゅく)の発展に伴い現在地に遷座している。
社領としては、今川氏真(いまがわ うじざね)から若干の朱印地が寄せられたほか、徳川氏の時に除地5畝9歩があったという。
明治維新後、明治8年(1875年)に近代社格制度において郷社に列し、明治41年(1908年)に県社に昇格した。戦後、昭和41年(1966年)に神社本庁の別表神社に加えられた。