富士塚 主な富士塚 重要有形民俗文化財の富士塚
l 木曽呂(きぞろ)の富士塚
1800年(寛政12年)に、富士講の一派である「丸参講」(まるさんこう)によって現在の埼玉県川口市 東内野(ひがしうちの)に築造された。埼玉県内では最古の富士塚とされ、盛土による塚の頂上に「火口」がみられるほか、築造当時は胎内くぐりの穴もみられたという。
l 下谷坂本(したやさかもと)の富士塚
1828年(文政11年)に、富士講の一派である「入谷東(山東)講」によって現在の東京都台東区下谷に築造された。富士山の溶岩に覆われた塚の登山道に合目石(ごうめいし)がみられ、一合目の岩屋には役行者像、五合目には富士講の祖とされる角行(かくぎょう)の像を祀る石祠(せきし)がみられる。
l 江古田(えごた)の富士塚
1839年(天保10年)に築造(一説では文化年間(1804年〜1818年)の築造ともされる)。富士山の溶岩に覆われた塚の頂上に唐破風屋根の石祠がみられるほか、経ケ嶽(きょうがだけ)・太郎坊(たろうぼう)・小御嶽神社(こみたけじんじゃ)の石碑、大天狗・小天狗・神猿(まさる)などの石像がみられる。
l 豊島長崎(としまながさき)の富士塚
(高松富士)
1862年(文久2年)に、富士講の一派である「月三講」(椎名町元講)によって現在の東京都豊島区高松に築造された。富士山の溶岩に覆われた塚の頂上に石祠がみられるほか、多くの石碑や他の講碑がみられ、現在はその中に明治期以後の講碑もみられる。
半世紀近く一般の登拝ができなかったが、2014年7月6下に山開きとなり、一般登拝が実施された(翌年以降も7月上旬頃に山開きを実施している)。