伊勢山皇大神宮 歴史 伊勢山離宮
明治天皇は、海軍の視察(明治17年までは横浜港に帝国海軍の根拠地である東海鎮守府が置かれていた)や根岸競馬場の天覧競馬(根岸競馬場は外国領事や公使の社交場であり、鹿鳴館と並ぶ明治政府の外交政策の拠点だった)などの理由により、頻繁に横浜へ行幸をしていた。そのため、1875年(明治8年)に行幸の際の御座所となるべく、伊勢山皇大神宮に隣接して二階建ての洋館である横浜御用邸・伊勢山離宮(いせやまりきゅう)が建設される。1876年(明治9年)に明治天皇は東北地方の巡幸を行い、その最後には北海道へ渡り函館港からお召し船 明治丸(めいじまる)で横浜港へと向かった。その到着は、7月20日午前を予定していたが、実際には荒天に見舞われ深夜となってしまう。結局、外国の領事たちの出迎えも急遽中止となり、明治天皇はそのまま伊勢山離宮に入り宿泊することになった。ちなみに、この時の逸話を元にして、1941年(昭和16年)に7月20日が海の記念日に制定され、更に1995年(平成7年)からは国民の祝日海の日となる。また、伊勢山離宮は迎賓館としても使用され、明治政府にとって初めての国賓として来日したハワイ王国のカラカウア国王や、帰路に和歌山県串本町沖で乗艦が難破し命を落としたオスマントルコの親善特使パシャ提督もここに招かれている。