大杉神社 由緒 明治以降
明治維新後、神仏分離により安穏寺を廃して社務所とした。
明治4年11月14日(1871年)、第一次府県統合により新治県(にいはりけん)が成立し、新治県中教院が大杉神社に置かれた(大杉神社略縁起)。
明治6年10月、村社に列格した。ちなみに昭和16年(1942年)に出版された「茨城県神社写真帳」の時点では村社だが、国文学研究資料館所蔵の神社明細帳データベースでは郷社に昇格している。
明治8年5月7日(1875年)、第二次府県統合により茨城県が成立した。
明治11年(1878年)、安穏寺が再興した。
明治40年4月(1907年)、旧桜川村の無格社 五十瀬神社(いそせじんじゃ。祭神:大日孁貴命(おおひるめのむちのみこと。天照大神))を合併した。
昭和53年1月31日(1978年)、「あんば囃子」が記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財となった。
昭和57年(1982年)、神社庁の別表神社となった。
平成8年(1996年)から平成の大造営として造立営繕事業を開始した。
平成18年(2006年)、社殿(大杉殿)の復元工事が竣工した。