鳥海月山両所宮 歴史
社伝では、源頼義(みなもとのよりのし)が安倍貞任(あべ の さだとう)討伐にあたって飽海郡(あくみぐん)吹浦(ふくら)の鳥海山両所神社で鳥海・月山の両神に戦勝祈願に戦勝を祈願し、勝利したので、康平6年(1063年)、その報賽として最上郷山形に社殿を造営して分霊を勧請し、国家泰平・武門吉事の神と称したのに始まると伝える。
天正年間(1573年 - 1591年)、当地の領主・最上義光(もがみ よしあき)は、従来の祠官を廃して真言宗成就院を別当と定め、社領を寄進した。以降、最上氏の崇敬社となり、江戸時代には歴代山形藩主の鳥居氏・水野氏の崇敬を受けた。
明治6年(1873年)に郷社に列し、明治12年(1879年)8月に県社に昇格した。昭和36年(1961年)に別表神社に加列された。