田の神 鹿児島県・宮崎県の田の神 ①

 


田の神の具体的な像は不明なことが多い。水口にさした木の枝やそれを束ねたもの、、石などが依代とされることが多く、常設の祠堂をもたないのが全国的な傾向である。しかし、そうしたなかにあって田の神の石像が九州地方南部の薩摩大隅日向の一部(都城周辺)に限って分布することは注目に値する。ここでは、集落ごとに杓子すりこぎを持ったタノカンサァ(田の神さま)と称する石像を田の岸にまつる風習がみられる。鹿児島市 西佐多浦町(にしさたうらちょう)の民俗事例では「田の神オナオリ」といって、年1回春に、田の神に念入りに化粧が施されたうえ、戸外にかつぎ出して花見をさせ、宿うつりを行っている。この例をはじめ、南九州では旧暦2月と旧暦10月または11月のいずれも丑の日に(つまり春秋の2度にわたって)田の神講が広くおこなわれている。





タノカンサァの石像は18世紀初め頃よりつくられ始めたものとみられ、鹿児島藩島津氏領にのみ石像が分布して他地域ではみられないことはこれを傍証するが、形態的には、


1 仏像型 → 僧型 → 旅僧(たびそう)


2 神像型 → 神職型 → 田の神舞型(または神舞神職型)


の系統の異なる2流の展開がみとめられ、これについては、小野重朗(おの じゅうろう)による詳細な研究がある。