黄金山神社(石巻市) 信仰 金華山信仰
近世以降の金華山信仰は財運を主眼とする現世利益を弁財天に求めるものであるが、その根底には黄金産出による授福を待望する余りに在住地域のどこかに黄金に溢れた場所があってそれがいつの日にか現出するという民衆の期待があり、それに乗じた修験者が、金華山に天平産金の史実を結び付ける等しつつ民衆の理想が現実化した地として金華山の存在を説き、信仰圏の拡大を果たしたものと考えられ、遂には金華山周辺においては島の一角に黄金が埋まっていると信じられ、或いはほぼ全島が花崗岩から成り金鉱脈が存在しないにも拘わらず、広く全国的に金華山は黄金で出来た島であるといった観念を生じさせており、西川如見(にしかわ じょけん)においては「世界の図に日本の東海に金島銀島ありとは此島(金華山)ならん」と、マルコ・ポーロの『東方見聞録』に代表されるヨーロッパの日本即金銀島観を受け容れ、それを更に局地的に金華山に当てはめている。