和邇 実在生物に比定する説 ワニ説 ⑧
西岡秀雄の1947年『兎と鰐説話の伝播』の一部の抜粋要約を示す。
喜田貞吉が、頭から古の学者が邦語のワニに誤って鰐の字を当てたとするのは、何の証拠もない独断に過ぎるのではないか。
津田左右吉は出雲風土記にワニとサメが別々に記してある点からワニはサメでないとし、ウミヘビとしているが、その後、追随する者はいないようである。
西岡は、現地調査を行った上で、安南、カンボジア、マレーほかの『兎と鰐』説話を詳細に紹介し、本来、ワニであるとし、次のように記した。「所変われば品変わる」で兎の方は、鼠鹿、猿、金狼(ジャッカル)と変わったものの鰐には変更がなく、わずかにミンダナオで鱶になり、日本では近年ワニザメ説が横行し危うく古事記の和邇まで鮫にされそうになったわけであるが、カムチャッカでは、遂に鯨に転向されてしまったわけである。
西岡は、兎と鰐の説話が古事記に組み込まれる過程についても論証し、広い視野に立って観察すれば、古事記の和邇は、決してサメでもウミヘビでも舟でも南方民族でもなく、鰐そのものと素直に考えるべきである、とした。
さらに、前掲の折口信夫の講演を引用、「国内起源(サメ説)論者には耳の痛い」、「白鳥・喜田両博士を中心としたワニザメ説を顔色なかしめるもの」とし、次のように結論づけている。
松本信廣・折口信夫両教授を中心とした南洋ワニ説が卓見であり、古事記の和邇はワニザメやフカを指したものではないことを再確認する者である。
森鴎外にも師事し、折口信夫の先輩で松岡静雄の実兄である柳田國男(やなぎた くにお)は、『海上の道』において、一尋鰐等について、当然のごとく、鰐という字を用い、もはや、鮫や鱶については可能性さえ一顧だにしていない。さらに、沖縄に伝わる猿が登場する話に関して「諸島には猿というはいない。したがって是を単なる昔話の役者として受け入れる以外に、みずからこのような改作をする力も無く、またその資材も持っていなかったろうと思う。」と述べ、『因幡の素兎』と同様、いないからと言って別の動物には当たらない例を挙げている。