海神神社(対馬市) 歴史

 


社伝によれば、神功皇后三韓征伐からの帰途、新羅を鎮めた証として旗流を上県郡(かみあがたぐん)峰町(みねちょう)に納めたことに由来するという。旗は後に現在地の木山(きさかやま。伊豆山(いずさん))に移され、木坂八幡宮(きさかはちまんぐう)と称された。また、仁徳天皇の時代、木坂山に起こった奇雲烈風が日本に攻めてきた異国の軍艦を沈めたとの伝承もある。



中世以降は、八幡本宮(はちまんほんぐう)とも、下県郡(しもあがたぐん)の下津八幡宮(しもつはちまんぐう。現 厳原八幡宮(いづはらはちまんぐう))に対して上津八幡宮(かみつはちまんぐう)とも称された。



明治3年(1870)、『延喜式神名帳』に見える和多都美神社(わたづみじんじゃ)に改称した。翌明治4年5月、国幣中社に列格する際に、祭神を八幡神から豊玉姫命に改め、同年6月に現在の海神神社に改称した。