筑紫神社 歴史 概史
国史での初見は貞観元年(859年)に従四位下の神階奉授を受けたという記事で、元慶3年(879年)には従四位上に昇叙された。
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では筑前国御笠郡(みかさぐん)に「筑紫神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。また天元(てんげん)2年(979年)の官符には住吉神社・香椎宮(かしいぐう)・竈門神社(かまどじんんじゃ)・筥崎宮(はこざきぐう)とともに筑紫神社に大宮司職を置くという記載がある。
鎌倉時代からは、当地の地頭職にあった筑紫氏(つくしし)が社司を兼ねたという。その後、戦国時代の兵火によって社殿・古文書が焼失し荒廃したという。江戸時代に入り、復興が図られ社殿の再建が行なわれていった。
明治維新後、明治5年(1872年)には近代社格制度で郷社に列したが、郡区画改正で村社になり、明治14年(1881年)に再び郷社に、そして大正4年(1915年)に県社に昇格した。