志磨神社 歴史

 


当社は、元和(げんな)年間(1615年-1624年)に式内社「志磨神社」に比定され改称したものである。現在は「中之島」の地名が表すように紀の川三角州の島に位置するが、社名「しま」がこの川中島を指すといわれる。比定以前の当社は「九頭明神(くずみょうじん。国津明神)」を称し、元和当時には島内に当社含め小祠6社があったが、その中でも最も社地に勝れていた九頭明神が選ばれたという。