中臣印達神社 由緒

 


宝亀(ほうき)元年6月15日の創祀と伝えられ、延喜式名神大社に列格するが、中古より両部神道のため修験者が社務に関与して社背の山上にあった十二所権現を本社に合祀した。近世に至るまで社名を蔵王権現と称し、明治10年10月10日願済の上創立当時の社名である中臣印達神社に復称する。同年同月、県社に列格する。

 


年表

宝亀(ほうき)元年770年)6月15日 

創祀

 


大同(だいどう)元年806年) 

中臣神に神封五戸

 


正徳(しょうとく)3年1713年) 

3月造営

 


万延(まんえん)元年1860年) 

造営

 


明治10年1877年)10月10日 

中臣印達神社に復称

 


明治12年1879年)5月15日 

県社列格

 


大正5年1916年)4月11日 

神饌幣帛料供進社指定