粒坐天照神社 由緒 年表 式内社・粒坐天照神社
l 推古天皇2年(594年)
的場山(まとばさん)の山頂附近に勧請する
l 嘉祥(かしょう、かじょう)4年(851年)
従五位下
l 貞観(じょうがん)元年(859年)
従四位下
l 養和(ようわ)元年(1181年)
射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)に播磨国16郡174座の大小明神社を合祀し、播磨国総社・府中社とした際に粒坐天照神社はこれに合祀されておらず、この時点で社殿消失、祭祀が中断されていたものとされる
粒坐天照神社 由緒 年表 式内社・粒坐天照神社
l 推古天皇2年(594年)
的場山(まとばさん)の山頂附近に勧請する
l 嘉祥(かしょう、かじょう)4年(851年)
従五位下
l 貞観(じょうがん)元年(859年)
従四位下
l 養和(ようわ)元年(1181年)
射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)に播磨国16郡174座の大小明神社を合祀し、播磨国総社・府中社とした際に粒坐天照神社はこれに合祀されておらず、この時点で社殿消失、祭祀が中断されていたものとされる