阿曇磯良 伝説

 

『太平記』には、磯良(阿度部(あどべ)の磯良)の出現について以下のように記している。神功皇后三韓出兵の際に諸神を招いたが、海底に住む阿度部の磯良だけは、アワビカキがついていて醜いのでそれを恥じて現れなかった。そこで住吉神は海中に舞台を構えて磯良が好む舞を奏して誘い出すと、それに応じて磯良が現れた。磯良は龍宮から潮を操る霊力を持つ潮盈珠(しおみつたま)・潮乾珠(しおふるたま)日本神話海幸山幸神話にも登場する)を借り受けて皇后に献上し、そのおかげで皇后は三韓出兵に成功したのだという。



海人族安雲氏の本拠である福岡県志賀海神社(しかうみじんじゃ)の社伝でも、「神功皇后が三韓出兵の際に海路の安全を願って阿曇磯良に協力を求め、磯良は熟考の上で承諾して皇后を庇護した」とある。北九州市関門海峡に面する和布刈神社(めかりじんじゃ)は、三韓出兵からの帰途、磯良の奇魂(くしみたま)・幸魂(さきみたま)を速門(はやと)に鎮めたのに始まると伝えられる。



海神が干の珠を神功皇后に献じたという伝説は広く見られ、京都祇園祭の船鉾(ふねぼこ)もこの物語を人形で表わしている。