宇波西神社 歴史

 


伝承によれば大宝元年(701年)3月8日、現在の美浜町 日向(ひるが)で創建され、上野谷の金向山の麓に遷座した後、大同元年に現在地に遷座した。日向地区の伝承では、この村に住む漁師の六郎右衛門が湖で漁をしていると一匹の鵜が現れ、「湖の底に高貴な方がおられ、救いを求めている」と言った。鵜につれられて湖に入ってゆくと湖底に宝刀があったので、自宅に持ち帰り神棚に祀った。すると六郎右衛門の夢の中に鸕鶿草葺不合尊が表れ、自分を上瀬の畔に祀るように告げ、自分の国の名である「日向」をこの村の名にするように言ったという。宇波西神社の社名は「上瀬」によるものである。また、他の伝承では大宝年間に鸕鶿草葺不合尊が日向から出雲を通り、日本海を渡って当地に現れたとしている。日向地区は、古代に九州の日向国からの移住があったものと考えられており、方言や字名に日向国と共通するものが多い。



延喜式神名帳では名神大社に列し、北陸道の352座の神社の中で唯一、月次新嘗幣帛に預る神社となっている。



建武元亀年間の2度、兵火により社殿を焼失した。現社殿は嘉永4年(1851年)に造営されたものである。