赤城神社(前橋市三夜沢町) 概史 江戸時代
慶長17年(1612年)2月20日、大前田村(おおまえたむら。現 前橋市 大前田町(おおまえたまち))の住人の寄進により参道に松並木が植えられた。
宝暦12年(1762年)東宮が正一位に叙され、次いで明和2年(1765年)西宮も正一位に叙された。
寛政12年(1800年)、大洞赤城神社(だいどうあかぎじんじゃ)が「本宮」「本社」の名称を使用しているとして、三夜沢赤城神社は大洞赤城神社別当・寿延寺(じゅえんじ)に対し訴訟を起こした。享和2年(1802年)には三夜沢側は幕府の寺社奉行へ訴えたが、国許で解決すべしと下げ渡されている。訴訟は長期にわたり、文言使用を合議で決めるという和議が成ったのは文化13年(1816年)であった。