生島足島神社 歴史 創建
創建は不詳。社伝では、建御名方富命(たけみなかたとみのみこと。摂社 諏訪神社祭神)が諏訪へ向かっていた時、この地に留まり、生島・足島両神に米粥を煮て献じたという。この伝承から、生島・足島両神は当地の地主神であると見られており、伝承自体は現在も特殊神事の「御籠祭(おこもりさい)」に名残を残している。
一方『延喜式』神名帳には、宮中の神祇官西院で祀られる神23座のうちにも生島神・足島神の記載がある。このことをもって、科野(しなの)国造の多氏(並びに同族の金刺氏・他田(おさだ)氏)が国魂(くにたま)として宮中から両神を勧請したという説もある。この中で、金刺氏がのちに諏訪大社下社の大祝を務めたことと、摂社諏方神社の関連性が併せて指摘される。
なお、生島足島神社の南西方にある泥宮を旧鎮座地にあてる説もある。