穂高神社 祭神 祭神について
穂高神社一帯は古来より安曇氏(あづみし/あずみし、阿曇氏とも)の定着地とされる。『新撰姓氏録』には安曇氏に関連する記載として以下の3条が知られる。
· 右京神別 安曇宿禰(あづみのすくね)条
- 海神 綿津豊玉彦神(わたつとよたまひこのかみ)の子の穂高見命(ほたかみのみこと)の後。
· 右京神別 凡海連(おおしあまのむらじ)
- 海神 綿積命神の男の穂高見命の後。
· 河内国神別 安曇連
- 綿積神命の児の穂高見命の後。
穂高神社祭神を「穂高見命」と見る説は、社名とこれらの条との関係づけによる。なお、『古事記』神代記には、ワタツミ(綿津見神・綿積神)の子で阿曇氏の祖として「宇都志日金拆命」の記載があり、穂高神社側ではこれを穂高見命の別名としている。ワタツミの子には他に、ヒコホホデミの妻・トヨタマヒメや、ウガヤフキアエズの妻で神武天皇の母・タマヨリビメがいる。
一方で、社名「穂高神社」はあくまでも「穂高の神の社」または「穂高に坐す神社」の意に過ぎないとの指摘もある。
なお、祭神は古くは一座であったが(『延喜式』神名帳)、中世に大宮・南宮・若宮の三殿とし、天文18年(1549年)の文書では「五所大明神」と五所(祭神不詳)を称してもいる。