彦主人王 墓

 


彦主人王に関して、宮内庁による治定墓はない。ただし、滋賀県高島市安曇川町にある宮内庁の安曇陵墓参考地(あどりょうぼさんこうち)では、彦主人王が被葬候補者に想定されている。考古学名は田中王塚古墳(たなかおうづかこふん)で、直径約58m・高さ約10mの円墳(または帆立貝形古墳)で5世紀後半の築造とされる。俗称は「ウシ塚」。陵墓参考地のため詳細な調査は行われていないが、推定築造時期の合致から考古学的にも彦主人王の墓とする説が有力視される。また、三尾では滋賀県高島市鴨の稲荷山古墳いなりやまこふん。前方後円墳、墳丘長45m)が彦主人王の墓であるとも伝えるが、こちらは現在では安曇川以南の豪族・三尾氏の首長墓と考えられている。



そのほか、彦主人王および三尾氏のかつての本拠地は越前であったが5世紀後半頃に近江に移したとする立場(三尾氏移動説)から、二本松山古墳にほんまつやまこふん。福井県吉田郡永平寺町)と関連付ける説もある。この説では、二本松山古墳が時期の異なる(5世紀後半頃と6世紀初頭頃か)2つの石棺を持ち、片方(古相)には人骨がないことを基に、古墳を彦主人王の空墓と振媛の墓と推測する。