吉田神社(水戸市) 摂末社 別宮 

 


『廿八社略縁誌』には、別宮として笠原大明神・酒門大明神が記載されている。

 




l 笠原子安神社(笠原大明神)

(かさはらこやすじんじゃ/かさはらだいみょうじん)



o 鎮座地:

水戸市笠原町字壱番



o 祭神:


弟橘媛

(おとたちばなひめ)


木花開耶姫命

(このはなさくやひめのみこと)




吉田神社の別宮で水戸7社の1つ。寛文年間(1661年-1673年)に水戸藩祖・徳川頼房(とくがわ よりふさ)の命で現在地に社殿が造営され、安産の守護神とされた。出産のときは本社の御像を拝借し、安産ののち返納して奉賽するならわしがあったという。また千波(ちなみ)・見川(みがわ)・笠原を産子(うぶこ。同じ産土神を祀る人)とした。笠原神社は昭和27年(1952年)9月に宗教法人化し、包括団体である神社本庁の所管として現在の「笠原子安神社」を称している。



吉田神社所有の文献によれば、延慶2年(1309年)2月24日に当時の左衛門尉・右衛門尉による「吉田笠原社御遷宮之事」に関し返答が出されている。また、応永3年(1396年)5月25日には散位氏義(さんい うじよし)から「笠原御社御供田所奉寄附也」と寄進状が出されている(『水府地理温故録』より)。