金鑚神社 境内 社殿
境内の主要社殿は拝殿・中門からなり中門の背後には一般の神社に見られる本殿がなく、神体山とする御室山(御室ヶ獄)を直接拝するという形式を採っている。旧官幣社・国幣社でこのように本殿を設けない古例を採るのは、他に長野県の諏訪大社・奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)のみである。
境内入り口付近に立つ多宝塔は、室町時代後期の天文3年(1534年)の建立。方三間の杮葺(こけらぶき)、初層方形、上層円形平面の二重塔婆である。塔本体の高さは13.8メートルで、相輪の高さは4メートルになる。心柱の墨書には「天文三甲午八月晦日、大檀那阿保弾正全隆」として、天文3年に阿保全隆から寄進された旨が記されている。建立時期が明確であり、当地付近を拠点とした阿保氏(あぼし。安保氏)との関連を示す遺構になる。この多宝塔は国の重要文化財に指定されている。