高座結御子神社 歴史 創建
創建は不詳。伝承では天武天皇の御世(673年-686年)かとも、熱田神宮本宮と同時期かともいう。
高座結御子神社を含む熱田神宮の境外摂社に関しては、古墳時代の尾張諸勢力の分布との対応を指摘する説がある。この中で、熱田台地の主勢力(断夫山古墳(だんぷやまこふん/だんぷさんこふん)・白鳥古墳(しらとりこふん/しろとりこふん)や熱田神宮)がその他勢力を吸収した結果、各神社が熱田神宮の神統譜に組み込まれるに至ったと推測されている。
特に高座結御子神社および高蔵公園の周辺では、高蔵貝塚・高蔵古墳群などの弥生時代から古墳時代に渡る遺跡(高蔵遺跡)の立地が知られる。この高蔵遺跡は東西約500メートル・南北約700メートルにおよぶ大規模なもので、弥生時代の遺跡としては全国的にも知られるほか、古墳時代としては断夫山古墳・白鳥古墳などの首長墓の造営に直接関与した集団の遺跡とされる。