阿射加神社(大阿坂) 歴史
安岡親毅(やすおか ちかたけ)の『勢陽五鈴遺響』(せいようごれいいきょう)には、応永以後に阿坂山頂から遷座したと記し、社伝によれば、織田信長が、城主として阿坂山山頂の阿坂城(あざかじょう)を守っていた北畠(きたばたけ)家の重臣、大宮入道含忍斎(おおみや にゅうどう がんにんさい)を攻略する際の兵火に罹り、社殿と古記録の全てを焼失し、北畠氏滅亡の後に再建されたとはいえ管理する者もいなかったが、元禄3年(1690年)に奥村要人(おくむら かなめ)という社人が現れたと伝える。
明治41年(19080年)3月20日に村社に列格し、戦後は神社本庁傘下の神社となっている。