垂水神社(吹田市) 歴史 概史 ②
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では摂津国豊島郡に「垂水神社 名神大 月次新嘗」として、名神大社に列するとともに、朝廷の月次祭・新嘗祭では幣帛に預かる旨が記載されている。また『延喜式』臨時祭では、八十島神祭(やそしまのかみのまつり)・祈雨神祭・名神祭で幣帛を受ける神々のうちに垂水神の記載が見える。平安時代中期の『和名抄』に見える地名のうちでは、当地は豊島郡豊島郷に比定される。
保安元年(1120年)の「摂津国正税帳案」では垂水神の神戸について「垂水神戸壱烟 租稲捌拾束」と記されているほか、永万元年(1165年)の「神祇官諸社年貢注文」や文治5年(1189年)の「春日社領垂水西牧榎坂郷田畠取帳」、貞治(じょうじ)5年(1366年)の「春日社領垂水西牧榎坂郷内東方目録帳」にも垂水社に関する記載が認められる。
中世期の変遷については、史料にほとんど記述が見えないため詳らかでない。社伝では兵火により衰微したとする。
江戸時代には、天和3年(1683年)に社殿再建のことがあった。
明治維新後、明治5年(1872年)に近代社格制度において郷社に列し、明治40年(1907年)2月に神饌幣帛料供進神社に指定された。その後、昭和49年(1974年)に現在に見る社殿が再建されている。