丹生川上神社下社 歴史 神職

 

明治5年(1872年)までは、「公文所」(くもんじょ)や「社人」(しゃじん、しゃにん)と称する世襲神職(社家)があった。社記によると、その起源は文明年間(1469-87年)に遡ると伝えるが、近世においては橋本・乾・河(川)合・中井・向井・今西の6家(本姓が川上のため「川上六家」と称された)が奉仕してきた。官制時代に社職を離れたが、子孫の家はその後も「神事係」として当神社に関わっている。