葛木御歳神社 祭神

 


祭神は次の3柱。




主祭神

o 御歳神(みとしのかみ、三歳神御年神)



相殿神

o 大年神(おおとしのかみ)

 - 御歳神の父神。


o 高照姫命(たかてるひめのみこと)

 



延喜式神名帳での祭神は1座。同帳に「葛木御歳神社」と見えるように、御歳神(三歳神御年神)を祀る神社とされる。『古事記』によると御歳神は須佐之男命(スサノオ)の孫にあたり、大年神(スサノオの子)と香用比売(かよひめ)の間に生まれたという。「御歳」は「御稔(みとし)」の意で穀物を司る神とされ、朝廷の祈年祭では最も重要な神として祀られていた。御歳神に関して、『古語拾遺』では御歳神の祟りで苗が枯れたので白馬・白猪・白鶏を献じるようになったという説話が見えるほか、『延喜式』祈年祭条では御歳神にやはり白馬・白猪・白鶏各1つを加える旨が定められている。



一方他文献では、『先代旧事本紀』に「高照光姫大神命 坐倭国葛上郡御歳神社」の記載があるほか、『大神分身類社鈔』にも「長柄比売神社一座、大和国葛上郡、曰御歳神社、高照光姫命」と見え、高照光姫命を祭神とする説が存在する。この高照光姫命祭神説に関して、本居宣長の『古事記伝』では、神名帳において鴨都波八重事代主命神社の次に葛木御歳神社が掲載されていたために、事代主の妹神である高照光姫命をおしあてたに過ぎないと推測する。



そのほか、上述の『古語拾遺』の説話には殺牛祭祀や薬用植物の知識が見えることから、古代豪族の葛城氏の配下にあった渡来系集団が御歳神の祭祀形成に影響を与えたとする説がある。この説において、同様の殺牛祭祀の伝承が記紀天日槍(あめのひぼこ)都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)の渡来説話にも見え、それらの説話で比売許曽神社ひめこそじんじゃ。大阪府大阪市)の起源譚が語られることから、比売許曽神社祭神の下照比売神(したてるひめ)が春先の殺牛農耕祭祀で「御歳神」として祀られる太陽女神であったとする。加えて下照比売神は葛城地方の神社にも見えることから、葛木御歳神社の祭神も元々は下照比売神であったと指摘される。